2014年4月8日火曜日

Les petits rats 2



5歳になった4月からバレエ教室に通い始めた娘だったが、教室の幼児クラスにはすでに多くの「先輩」がいた。
幼児クラスはいちおう3・4・5歳が対象だった。しかし、娘が入った当時は、「オムツが外れていて、トイレに行きたい意思表示ができる」ならば2歳児も受け入れていた。そんなわけで、幼児クラスの「クラスメート」の中には3歳未満のときから始めて通い続けている、すでに「バレエ歴2年以上」の5歳児もいた。しかし、こういってはなんだが、早く始めているからといってその子たちがことさらに上手かといえば全然そんなことはなく、ただ、先生とすでに仲良しで、先生がこう言ったらこれをやる、といったことをすでに心得ている程度の差の分、前にいるだけだった。ああよかった、5歳で始めても遅すぎることはなかったな、と内心ほっとした。

ウチの娘より3か月ほど遅れて2歳半の女児が入ってきたが、母親は「実はオムツまだ取れてへんねんけど」ときまり悪そうにこっそり私に耳打ちした。「そうなん? 先生、なにも言わはらへんかった?」「もう取れてますって言うたもん」「え? でもあのお尻、バレバレやで」
その2歳半女児のレオタード姿は、はっきり紙オムツつけてます、とわかるほどにお尻が丸く膨らんでいた。

トイレトレーニングが終わっているかどうかは、レッスン着の問題ではなく、子どもの自立心の問題である。おしっこしたい、うんちが出そう、だからトイレに行きたい、だから「お母さん、トイレ行く」と服を引っぱる、「せんせい、トイレ行きたいです」と手を挙げる、という意思表示をするようになる。このことと、なにがしかの訓練を受け始める時期とは大いにかかわりがあるだろう。

オムツの外れていない2歳半の子が混じったスタジオは、その子がいなかった時期に比べると、かなり稚拙化して見えた。レッスン風景というよりも、なんだか「保育現場」に近かった。いや、もちろん、その2歳半の子がいなくても、幼児クラスではたいしたことはしないし、保育園のリトミック遊びの時間とそう変わらない雰囲気であるのは事実だった。だが、2歳と3歳の差って歴然としているな、とは実感した。娘の通っていた保育園では2歳までは赤ちゃん扱いで、3歳になると「幼児デビュー」し、日課などががらりと変わる。2歳までにオムツ外しは完璧なまでに終了される。バレエ教室の仲間たちはみんな幼稚園児だったが、3歳未満で始めた子もオムツが外れてから来たというし、当時3歳で来ていた子も、その2歳半女児に比べたらものすごく大人びて見えた。
その母親は、レッスンを見ながら待つ間、「や—ん、ウチの子、皆さんのペース乱してるんかも〜」とたいしたことでもないような口ぶりで「ごめんなさーい」などという。居合わせたほかの母親たちは皆作り笑いをしながら、おそらく内心かなりイラついていた(笑)。バレエのお稽古代は安くない。ウチは週1回しか通わせていなかったが、週2回来ている子も多かった。貴重な1時間のレッスンを、貴重な教師の時間を、赤子をあやしたりご機嫌とりするのに使われるのはまっぴらだ、と誰でも思う。

2歳半女児の母親は、数週間経て場の雰囲気に慣れてくると、年長児の母親たちにお受験情報を尋ねたり、あるいは幼稚園選びの顛末を嬉しそうに披露したりした。誰も彼女と話したがらなかったようだが、強引に話しかけて相手をさせる。私は、自分が連れてきた日でもレッスン中ずっと待っているということをあまりしなかったし、迎えに来れても終了ぎりぎりだったりであまりほかの母親たちと時間を共有しなかった。それゆえに、たまにずっと居ると必ずこの母親の餌食に(笑)なった。
母親がどんな人であれ、その子どもがもしバレエのレッスンが楽しくて、スタジオに入ったとたんに生き生きするとか、レッスン日を楽しみにするとか、そういうふうであればいいのにと思ったが、その2歳半女児はいつ見てもまったく楽しそうではなかった。子どもは正直だから興味を持てばそっちを注視するが、教師の声や身振りにも、音楽にも反応せず、好き勝手にスタジオ内をうろうろしては促されてまた戻るということを繰り返していた。だから私ははっきり言った。「バレエのお稽古、あまり好きとちゃうんちゃう? 無理強い、しいひんほうがいいよ」
すると驚くべき答えが返ってきた。
「だってな、なんかきれいな感じのお稽古してへんかったらかっこ悪いやん」
さらには、
「そっかー、向いてへんかなあ。ピアノに変えよかなあ」
最初からこいつ変な女、と思っていたが、さすがに、もう視界から消えてくれと念じたものだ。
この親子は年度終わりの春の発表会を前に姿が見えなくなった。母親たちは私も含め、一様にほっとした。たぶん、子どもたちもほっとしていたと思う。ウチの娘は自分も新米だから最初の頃は何も言わなかったが、初舞台を経て、本格的にお稽古が楽しくなってくると、ちっちゃな困ったちゃんにレッスンを邪魔されたくないなとは思ったであろう。でも、少なくとも、レッスンの場でその子のことを悪く言ったり、嫌悪の視線を投げたりといったことを、クラスの子どもたちは誰ひとり、しなかった(と思う)。小さいながらに、就学前の幼い心で、ここは芸事の鍛錬の場であり、自分たちは先生から教わっているのであり、その言葉、動きはすべて真似るべきお手本なのだということを深く感じていたのであろう。スタジオ内の空気をいっぱい吸い込んで、少しでも上手になりたいという強い気持ちを、程度の差はあってもどの子も持っていた。その気持ちを持たない子に構う暇などないほどに。

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