2014年4月15日火曜日

Les petits rats 3


娘が通っていたバレエ教室の場合だが、「おさらい会」としてひとりひとりが習ったこと身につけたことを披露する場としての「秋のバレエコンサート」と、一年に一度の「定期学校公演」と位置づけられ、チャイコフスキーの三大バレエ作品を全幕公演する「春の発表会」、と年に2回の発表会があった。あとからわかったことだが、小規模な教室では2〜3年に一度のペースでしか行われないことが多い発表会を年に2回も実施するというのは、バレエ教室としての経営体力や催事の組織力というものがなくては不可能だ。教室長である先生はパリのオペラ座でも踊ったことのある地元では有名なバレリーナだ。そうした実績に加えて長年培った人脈のおかげで、「先生のご依頼なら喜んで」とひと肌脱ぐ人がたくさんいるのだ。会場やスタッフにかかる費用は莫大だ。それを、単に費用の問題と考えると舞台は失敗する。高い月謝をとり、臨時会費を集めて十分にまかなえたとしても、照明・音響・美術スタッフと阿吽の呼吸が成立しなければ、バレエに限らず、舞台の成功は遠のく。私は舞台といえばただ観劇するばかりで、開催する側にいたことはないので、娘のバレエのお稽古を通じて舞台発表の面白さを十分すぎるほど楽しませてもらった。愉快なことばかりではなかったが、ただ鑑賞するだけではけっして理解できなかった多くのことを知り、貴重な体験であった。

(と、今でこそ「貴重な経験であった」なんて訳知り顔でいえるのだが、当時はそんな余裕などまったくなかった。理由はいろいろあるけど。笑)

幼児クラスは、娘が所属しているクラス以外にも曜日違いでたくさんあり、当時、総勢50人は超えていたと思う。娘のクラスは20人くらいだっただろうか。
全幕バレエの中でたいして踊れないチビっ子たちを、それなりのシーンでそれなりに踊らせなくてはならないのだから、教師の苦労は延々と続く。配役、ポジション決め、振り付け、指導、ほかの生徒たちと合わせて全体として完成させる。想像しただけで目眩がしそうだが、わずかな期間にもかかわらず、子どもたちは振りをなんとか覚えるのだからたいしたものだ。
大きいお姉さん(お兄さんもいる)たちの、まばゆいばかりのお姫様の衣装、怪しげな黒い衣装、摩訶不思議な妖精の衣装を羨望の眼差しで見上げる。その足許でちょろちょろさせてもらえることの「名誉」は理解しないけれど(親も)、ほんとうに踊るのが好きな子は、幼くても「踊り」そのものを楽しみ、役を「演じる」ことができ、「舞台づくり」にとけ込んでいる。幼児クラスの子どもにとっては、日頃のレッスンから発表会前の振り付け、リハーサル、そして本番までつねに「団体行動」だ。その団体行動を、幼稚園や保育園の遠足や運動会とさほど変わりないものととらえ、先生に引率されて行うという意味で同じレベルで認識している子どもは、踊れないし、演じられない。心がそこにないからだ。手足が長くて柔軟な体をもつ子でも、関心がないと、けっして踊れないのだ。

文字どおり「ねずみ」の役で舞台の上を走り回った、初めての全幕作品。小さいなりに、物語を理解し、役どころ(=ねずみ)を自覚しようと懸命だった娘。ねずみはクララにたかって意地悪をし、助けを求めるクララを救いにくるみ割り人形が現れ、兵隊人形とねずみたちのバトルが展開される……。物語の火付けとなる重要な場面だっ(笑)。

主役のクララや金平糖の精を踊った女の子たちは当時高校生だったが、今は素敵な母親になっている。13年経ったのだ。

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