2014年4月18日金曜日

Les petits rats 4



「くるみ割り人形」の第2幕、「お菓子の国」の場面はディヴェルティスマンで、金平糖のパ・ドゥ・ドゥの前にある華やかな「花のワルツ」は2幕の大きな見せ場のひとつである。いろいろなヴァージョンがあるが、多くの場合、「花の女王」と男性ダンサーのメインペアに群舞が取り巻くといったかたちが採られる。娘が通っていた教室でもそのパターンで、花の女王&男性、花の精(小学校高学年〜中学生)、花の精たち(低学年)、小さな花びら(幼児)という構成。「小さな花びら」たちは、舞台の端っこでひらひらしているだけなのだが、「女王」も「精」も舞台袖にいったん引っ込み、「精たち」が静止しているほんの少しの間、真ん中のポジションをいただいてステップを踏ませてもらえる(写真はそのシーン)。真ん中で照明が当たるのはこの瞬間だけだ。「花びら」の親やジイジバアバたちは目をいっぱいに開いて舞台上の我が子我が孫を凝視したことだろう。私も、もちろんそうだ。20人以上いた「花びら」の中の、自分の娘しか見ていない。振り付けを間違ったりしないでねと祈りながら、チュチュに縫いつけた花びら飾りが外れたりしないかハラハラしながら、神様からの贈り物にも等しい至福の数秒間を堪能する。

保護者の中には自身がバレエ経験者もいるし、バレエ鑑賞が若い頃からの趣味で目が肥えている人もいる。しかし、たいていは素人だ。ほかの子どもと我が子とを比べて上手いのかヘタなのかは判然としない。大きなお姉さんたちが輝くばかりに美しくて技術的にも優れているように見える。舞台芸術の何たるかも知らない。そうした意味で幼児クラスの保護者の会話は無邪気で他愛ないといえるし、お世辞の応酬ともいえるし、一般論に過ぎるともいえる。けっきょくのところは本音が出ない、あるいは出せない、ということに尽きる。
アンタの洟垂れ娘がちっとも振りを覚えないから練習が進まないじゃないの、なんてことは口が裂けてもいえない(って、どの世界でもこんなこと言ってはいけませんけどね。笑)。本番の舞台で隣に踊ってた子が間違ったり転んだりしたのを舌打ちしたり(どの世界でもこんなはしたないことはダメですけどね。笑)、誰かさんが失敗しなかったらもっとよかったのにねえなんてほかの親と声高にしゃべったり(どんな世界でもしてはいけない振る舞いですけどね。笑)できないといったことが続き、その代わりに「難しい振り付けだからお稽古するのたいへんよね」「みんな上手に踊れてよかったわね」「コケたのもご愛嬌よね」ほほほほほほ〜なんて会話を上滑りさせるばかりだと、大なり小なりフラストレーションがたまる。あるいは、みんなそのようなことは日常の些細なこととして消化していたのだろうか。少なくとも私は、ああこの会話の中には居られない……と逃亡したい気持ちに駆られることしばしばであった。

親たちの心配やイラつきをよそに、子どもたちは飛び跳ね、脚を上げ、腕をひらつかせながら大きくなっていく。
初めての子育てでは、幼児期までがとても長く感じられる。手のかかることが続く間は、我が子が小学生、中学生と成長していくことに想像が及ばない。私には、一緒に舞台に立った多くの子どもたちがとてつもなく眩しく見えていた。背の高さ、ポワントで立つというテクニック、舞台メイクの映える顔だち。指導のたまものとはいえ、振り付けられたとおりに踊り、列を乱さずにステージワークをこなす。裏方さんに挨拶をし、楽屋利用のルールを守る。この子たちは、ほんの数年、ウチの子より年が上だというだけなのに、なぜにこのように大人っぽいのだろう。ウチの子はほんとうにこの先輩キッズのように、規律正しく、お行儀よく振る舞えるようになるのか(いや、そう育てるのが親の仕事なんだが)。
娘が「花びら」を踊った舞台で「花の女王」を踊ったKちゃんは中学2年生だった。私には、彼女が「19歳の専門学校生」または「21歳の短大卒OL」に見えて仕方がなかった(なぜかこのふたとおり。笑)が、衣装をとり、レッスン着から着替えて私服に戻った彼女はたしかにあどけない中学生だった。
その後、二度主役を踊ったKちゃんは、自分のバレエ教室をとても愛しており、レッスンから退き社会人となった今でも発表会には裏方として手伝いに来てくれる。中3、高3の受験期にも、レッスンと出演は休んでも裏方には来ていたから、さまざまなことをよく心得ている。彼女の気働きと俊敏な動きがあるので舞台裏の準備はスムーズに流れるといっても過言ではない。おそらくはお勤め先でもとてもよく仕事ができ重宝されているのだろうなと想像がつく。

「花のワルツ」でリハーサルをともにしてからずっと、娘はKちゃんを慕い、Kちゃんはとても娘を可愛がってくれた。バレエを習ったからといって誰もがダンサーになるわけではない。しかし、幼い頃に幾つも年の離れた者どうしで一緒に何かを創りあげる経験ができるというのは、得難いことであり、必ず大人になってから活きることだろう。
娘はまだ修業中だが、何が生活の糧になろうとも、バレエのお稽古での経験は必ず活きることだろう。

(と、自分に言い聞かせるわたくし。笑)

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